Hokkori Housing

いつも心に“ほっこり”を。日々の小さな幸せを綴っていきます。

27歳、反抗期

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お休みをもらって、4日間実家に帰った。

 

私の故郷である沖縄は、心のオアシス。

実家では力を抜いて、思いっきり休む。

 

家族と他愛もない会話をして

だらーんとテレビを見て

家事を少し手伝って

のほほんと過ごす。

 

たっぷりと心の充電をして、元気に高知へ戻る。

 

実家に帰るのは年に2回ほど。

とても大切で、幸せな時間。

 

 

 

でも、今回は何か違った。

 

実家にいると、なぜか居心地が悪い。

 

家族との会話に疲れてしまう。

テレビの音に疲れてしまう。

 

早く高知の自分の部屋に帰りたい。

 

一人になりたい。

 

オアシスだと思っていた場所で、息苦しくなってしまった。

 

自分なりにこの理由を考えてみた。

遅めの反抗期が来たんだと思う。

結構、真剣に悩んでいる。

 

私は親に反抗したことがない。

先日「生まれて10000日目に思うこと」にも書いたが、

私はそれなりに学校を卒業して、社会に出て働いて自立した生活を送っている。

 

すくすくと、グレずに育った。

その点、母に感謝されたこともあった。

 

なぜ反抗しなかったのか。

反抗する必要がないほど、母が大事に育ててくれたから。

あと、反抗したくなかったから。

 

 

思い返してみれば、妹や弟は無意識に、上手に反抗していた。

母に怒りの感情をストレートにぶつけたり、

遊びに行って帰る時間が遅くなっても、けろっとした表情をしていたり。

 

それを横目で見て

「私はちゃんとしなきゃ」

と思って、いわゆる反抗的なことはしなかった。

長女だし、ちゃんとしようと心の中でずっと思っていた。

 

私は小学2年生のころから母子家庭で育った。

母がいつも頑張っているのを、長女の私が一番よく知っている。

自分が落ち着いて居ることで、家庭に平和をもたらしたかった。

私は大丈夫な娘だよ、とアピールしたかった。

 

別に妹弟が不良だったわけではない。

基本的に皆仲良く過ごしていて、平和な家庭だった。

でも何かあったときに、母の一番の味方でいれるような心構えをしていた気がする。

 

 

いつか母に「私って反抗期あった?」と電話で聞いたことがあったが

「思い当たらない」と返ってきた。

 

それが良いと思っていた。

安心安全。

 

 

私にとって、母は絶対的な存在。

大好きな、世界一の母親。

 

それは高知に出てきてからも変わらなかった。

物理的な距離が離れても、心は離れなかった。

 

高知と沖縄で長電話を何回もした。

これまで色々な選択の場面で

母に相談して、助けてもらった。

 

 

大学入学を機に、沖縄を飛び出して8年半。

親元を離れることで親離れをしたつもりでいたけど

心は離れていなかったのかもしれないと、最近気づいた。

 

最近は、母と電話していると

もやもやした気持ちになる。

毎回ではないけれど

 

私が大人になって母と色々な話ができるようになり、

母も一人の人間だと思うようになった。

 

意見が割れることもある。同意できないこともある。

でも、反対できない。

伝え方がわからない。

 

心が、少しずつ離れていっている。

 

どこからどう離れているのか、上手に説明できないけど、

私自身が、母と離れたがっている気がする。

 

これがいわゆる反抗というものなのか。

 

でも、この感覚はとても苦しい。

母が居なければ今の私は無かったわけで、

感謝してもしきれない。

母に背きたくない。

 

そして、今まで自分がやってきたことが間違っていたように思えて

辛い。

 

・・・

 

考えすぎ。

そんなことに悩まず元気に暮らしたらいいのに。

と自分に声を掛けてあげたいけど

なんか記事を書いていたら涙が止まらない。

 

 

でも、自分の気持ちに向き合うために

文章を残しておく。

 

27歳反抗期

自分を成長させるため

家族と上手な距離をとるための

試練だと思いたい。